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自宅に人を呼ぶのが嫌いなタイプ

暮ラシノユトリ舎の鈴木るる子です。

このブログに来て下さる方の検索ワードを何気なく見ていたら、「自宅に人を呼ぶのが嫌い」というワードが目に留まりました。

思わず笑ってしまったのですが、このワードでヒットしちゃう私のブログって一体…。

でも確かにそういう記事を書いた覚えはあります。

どの記事、というより、折に触れてそんなエピソードを書いてきたような記憶があります。

現在10歳の娘が生まれるのと前後して生協に入ったのですが、加入に際して1回だけ書類を持って説明に行きたいと言われました。

でも私、家によその人に来られるのがどうしてもどうしてもイヤで、断ったんですよ。

別に中に入れてお茶を出すとかいう話ではなく、単に玄関先で短時間で済むことなのに。

どうしても都合が悪いからと言い張って、無理に郵送で手続きを進めてもらいました。

今から考えると、何でそこまで頑なに拒否していたのか謎ですが、そのくらい当時の私にとって家に人を呼ぶのはハードルの高いことでした。

子どもが生まれてからも、公園などでママ友ができかけても、家に呼ぶことができません。

だから友だちを作るチャンスをいつも失って、孤独感も深まっていきました。

そう、自宅に人を呼べないって人間関係にも深刻な影響を及ぼすんです。

その頃の我が家が散らかっていたかというと、まあ「片づいてます♪」とはとても言えない状況。

かと言って、今から思えばそこまで人目を避けなければならないようなゴミ屋敷でもなかったんです。

その後も片づけ下手の時代は続きましたが、そのうちに片づけられるようになり自信が出てくると、なんと、人を家に呼べるようになりました!

幼稚園のアルバム委員会の集まりではいつも我が家を使っていました。

幼児のいる家庭ですから、ピカピカに片づいているわけではなかったけれど、それでも「どうぞ」と言えるくらいにはなっていました。

何て言うんだろう??

人を家に呼べるかどうかって、実際に散らかっているか片づいているかの問題ではないんです。

では何の問題かというと、自分はちゃんと片づけられるんだ!という自信、かなあ。

散らかってしまっている状態を見て「すいません私片づけができなくて…」と縮こまってしまうのか。

「今は子どもが帰ってきたばかりで散らかってるけど、ちゃんと片づくから大丈夫」と思える余裕があるかどうか。

結局は自分に対する評価とか、自己肯定感の問題だったのかなぁなんて思います。

自宅に人を呼ぶのが嫌いな理由は人さまざまで、必ずしも散らかっているのが恥ずかしいからではないかもしれません。

でも少なくとも、ある程度片づいていたら選択肢は増えます。

小さい子を遊ばせる場所や、誰かと気兼ねなくゆっくり話せる場所がないかなと思った時。

自宅を選択肢の1つにすることができるのとできないのとでは、大きな違いですよね。

…と書いていて、あ!と思ったのですが、もしかして逆のケースもあるのかも~~。

「自宅に人を呼ぶのが嫌い」という人の家は、すっごく片づいているのかもしれない。

それで人を呼ぶと居心地がよすぎて、なかなか帰ってくれなくて困る、とか??

でもこのブログに来て下さる方は、「家がきれいすぎて困っている」という人は少ないかもね(笑)。

片づけが苦手な人でも無理なくできる片づけ術をお伝えしているブログですから(^^♪




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散らかっていても、片づいていても♪ 

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